最高裁判所第一小法廷 昭和34年(オ)415号 判決 1962年5月24日
判 決
広島市立町七番地
上告人
株式会社三及
右代表者代表取締役
三宅寛
右訴訟代理人弁護士
高橋一次
広島県庄原市本町西浦
中国電力株式会社社宅内
被上告人
中松久務
右訴訟代理人弁護士
星野民雄
右訴訟復代理人弁護士
今永博彬
右当事者間の根抵当権設定登記抹消登記請求事件について、広島高等裁判所が昭和三四年二月二三日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があり、被上告人は上告棄却の判決を求めた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。
主文
原判決を破棄し、第一審判決を取消す。
被上告人の請求を棄却する。
訴訟の総費用は被上告人の負担とする。
理由
上告代理人高橋一次の上告理由について。
原判決およびその是認した第一審判決の確定した事実によると、(一)被上告人は、昭和二九年八月頃その義弟に当る訴外塩田信雄から本件不動産を担保として金融の便をはかつてもらいたいとの申出を受けてこれを承諾し、当時本件不動産は未登記であつたのでまず保存登記をなすことおよび訴外西日本相互銀行との間に右不動産に根抵当権を設定すること等についての一切の代理権を右塩田に授与したので、塩田は右委任に基づき、右保存登記、根抵当権設定契約の締結ならびにその登記手続をし、同銀行から金員を借受けた。(二)その後、昭和三〇年一一月頃同銀行から右塩田の借金の不払を理由として抵当権の実行を迫つて来たので、被上告人は、右債務を弁済してその根抵当権設定登記の抹消をなすべきこととし、前同様右塩田をしてこれを抹消手続に当らせ、必要に応じて被上告人の印鑑を被上告人の妻女を通じて使用させる外、印鑑証明書をも交付して右抹消登記手続の一切を委任したところ、塩田は不法にも、右抵当権を抹消するとともにさらに上告人から本件不動産を担保として金員を借受けようと企て、前記のように被上告人から交付を受けていた被上告人の印鑑証明書に基いて被上告人名義の印顆を偽造しこれを使用して本件不動産についての被上告人名義の根抵当権設定登記手続申請委任状を作成し、これを右印鑑証明書、被上告人から交付を受けていた本件不動産の権利証等とともに上告人に提出し、被上告人の代理人と称して金借を申入れた。(三)そこで上告人は、右塩田に本件不動産につき根抵当権設定契約の締結ならびに右登記手続申請について代理権があるものと信じてこれに金員を貸与し、その結果被上告人不知の間に、被上告人名義をもつて、上告人名義をもつて、上告人との間に本件不動産に対し、昭和三〇年一二月五日本件根抵当権の設定契約が締結され、翌六日前記銀行の根抵当権設定登記抹消手続がされるとともに、同日本件根抵当権設定登記を経由するに至つた。(四)そして、右は塩田がその代理権限を踰越してなしたものであるが、本件根抵当権設定契約の成立した当時、塩田が前記銀行のために根抵当権設定登記の抹消登記手続をなすにつき被上告人から与えられていた代理権は消滅していなかつたものであるから、上告人において、右塩田に代理権があるものと信ずるについては正当な理由があつたというのである。
ところで不動産登記法が登記申請についての形式的要件(特に、同法三五条一項五号)を定めている主要な目的は、登記義務者の意思に基づかない虚偽の登記申請による登記がなされることにより、実体上の権利関係と登記上の権利関係との不合致を生ずることを防止し、公示刻度としての登記の目的を達成せしめようとするにあることはいうまでもない。しかるに、本件においては、前記のように、本件根抵当権設定契約は表見代理の規定により実体上の効力を生じているから、本件根抵当権設定登記は、実体上の権利関係に符合するものであるからその登記手続の申請行為の登記所に対する関係はしばらくおき、登記権利者が登記義務者に登記申請行為をなすべく請求(登記請求権の行使)する場合は、被上告人はこれに応じて登記に協力すべき義務あるを免れないものと解すべく、この関係は私法関係であることは論なきところである。それ故、原判決が確定した前記事実関係の下においては、訴外塩田がなした本件根抵当権設定登記申請行為については、それが前記のごとく私法関係と解せられる以上、これに民法一一〇条による表見代理の成立を認めて妨げないものであり、従つて、たとえ被上告人に登記意思がなかつたとしても、表見代理人たる塩田に登記意思が存した以上、右登記に伴う私法上の法律効果は被上告人に帰属するものというべきであり、従つて、一般偽造文書による登記の場合とは異り、被上告人は、すでになされた本件根抵当権設定登記の無効を主張してその抹消を請求することは許されないものと解するを相当とする。
しかるに原判決は、登記申請行為は国家機関たる登記所を相手方としてなす一種の公法上の行為であつて、単純な私法上の法律行為ではないから、これに対し民法の表見代理に関する規定は適用または準用せられない旨を判示し、これを前提として右登記を無効とし、被上告人の請求を認容したものであつて、この点において原判決は法令の解釈適用を誤つたものというべく、論旨は理由あるに帰し、原判決は、他の上告論旨に対する判断をまつまでもなく、破棄を免れない。そして、原判決およびその是認した第一審判決の確定した事実によれば、被上告人の請求はこれを棄却するのが相当であり、当審において裁判をなすに適していると認められるから、民訴四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。
最高裁判所第一小法廷
裁判長裁判官 入 江 俊 郎
裁判官 斎 藤 悠 輔
裁判官 下飯坂潤夫
裁判官 高 木 常 七
上告代理人高橋一次の上告理由
第一点 原判決には判決に影響を及ぼすべき法令の違背がある。
(一) 原判決は「登記はその物権変動の当事者の意思に基ずいてなされることを要する、全く登記義務者の意思に基ずかず偽造文書の行使等によりなされた登記は、たとえそれが実体法上の物権変動に符合していても何等効力を有しないものといわねばならぬそして本件根抵当権設定登記は原判決認定の通り塩田信雄が被控訴人の印章を偽造しそれを使用して作成された偽造の被控訴人名義の登記手続申請委任状によつてなされたものであつて、全く被控訴人の意思に基ずかないものであるから、たとえ表見代理の規定により本件抵当権設定契約につき被控訴人がその責任を負うべきものであり本件登記が実体的な権利関係に符合するとしても本件登記は無効である」と判示している。
しかし乍ら右判断には法令の違背がある。即ち本件の場合原判決理由(一)に於て判示している通り表見代理の規定により本件根抵当権設定契約は有効である。即ち本件登記は実体関係に適合するものである。
この場合に於ても原判決は登記義務者に登記意思がないのであるから登記は無効であるとする。
然し乍ら登記は実体関係を公示する制度として取引の安全を期することを目的としているものである。従つて公示する処が実体関係に適合するときはその登記を有効として認めて何等不都合は生じない。登記意思を欠くとの理由でこれを無効とするときはかえつて取引の完全を害する。勿論実体関係に適合するが登記義務者に登記を許否する理由があることもあるかも知れぬがその時はそのよう抗弁によつて登記を無効と判断してもよいが本件の場合そのような理由もないのである当然有効と解すべきである。
即ち原判決は登記の有効要件についての法律判断を誤つているものである。
(二) かりに登記がその有効なためには申請義務者の登記意思を必要とするとしても本件の場合の如く実体関係につき表見代理の規定が適用され根抵当権設定という意思表示が登記義務者の意思として是認される場合に於ては、その登記行為も登記義務者の登記意思があつたものと見做すべきである。このような場合実体関係の有効無効と登記の有効無効とを区別して考えることは余りにも観念的形式的法律解釈である。殊に抵当権設定契約とその登記とは通常一体をなした行為であるからこれを区別して評価すること不法不当である。
従つてこの点に関し原判決は法律的判断を誤つたものと云うべきである。
(三) 原判決は、登記申請行為は国家機関たる登記所を相手方としてなす一種の公法上の行為であつて単純な私法上の法律行為ではないからこれに対し民法の表見代理に関する規定は適用或は準用せられないものと解するを相当とすると判示しているが右判断は不当である。
即ち代理とは代理人の法律行為の効果が本人に帰することを本質とするものであり登記の場合の代理の法理についても民法の規定が適用或に準用せられて然るべきである、勿論その場合行為の性質により民法の代理の規定が適用せられない場合もあることは当然であるが表見代理の規定はこれを適用準用して一向差支なく、むしろ適用或は準用すべきである。と考える。
第二点 原判決には理由不備の違法がある。
原判決は上告人の上告人には本件登記の抹消登記手続を請求するにつき訴の利益がないとの主張に対し「本判決の理由は既判力を生じないから別訴において或は新証拠資料の提出事実認定及び法律解釈の違いその他の理由により被上告人が本件根抵当権設定義務を負はないものと判定せられる可能性が全く存しないものということはできない」との理由で上告人の主張を排斥しいる。
然し乍ら上告人の主張は実体関係が有効であり本件根抵当権につき被上告人は責任を負うべきであるから本件登記の抹消登記を求める利益はないという主張である。
即ち上告人は本訴に於て実体関係が有効であるから訴の利益がないと主張し原審に対して実体関係が有効である旨を主張し立訴しているのであり第一審裁判所も原審も原審も上告人の右主張に対し実体関係を有効と認定しているのである判決理由の判断を根拠にして訴の利益がないと主張しているのではない。原審は実体関係の有効無効を判断して、それに基いて訴の判益の有無を判断すべきである。即ち原判決は上告人の右主張に対する判断につき理由を欠いでいるというべきである。 以上